福島市のピアノ教室「にこにこ千穂 音楽教室 Sun Sing Smile」

福島市でピアノ教室をしております渡辺千穂です。元特別支援学校音楽科教諭の経験を生かし丁寧なレッスンを行っています。

「何故Sun Sing Smile? 4」

 私の音楽教室は「にこにこ千穂音楽教室 Snu Sing Smile」と言います。その経緯を6月26日(火)何故Sun Sing Smile?。

7月 2日(月)何故Sun Sing Smile? 2。

8月 7日(火)何故Sun Sing Smile?  3。

として書かせて頂きました。もし、よろしければ、そちらも読んで頂ければ、うれしいです!

 

 そして、今日は、その続きを少し・・・・。「何故Sun Sing Smile? 4」として書かせて頂きます。

 

 今日は、8月14日(火)お盆です。父への追悼の思いも込めて書きたいと思います。

 

 私は、元特別支援学校の音楽科の教師として、33年間県立学校に勤務しました。

60歳の定年退職の1年前に、父の介自宅護をする決心をして、学校を退職しました。これから、書く学校での出来事は、私の教員人生の最後の年のお話です。

 

 父は、当時、ある生活サポート付き高齢者向け賃貸マンションで生活していたので、リハビリ病棟退院後は、そこに戻りました。入退院を繰り返しました。

平成28年、夏に再度、入院して、肺に溜まった水を抜く手術を行いました。

私が、あるドクターに、定年退職よりも、1年早く辞めて、自宅介護をしようと思う旨をお話した時のことです。

「お父さんは、もう、そこまでは、もたないと思うよ。」という旨のお話をされました。私は、目の前が真っ暗になりました。父の身体は限界でもう予断を許さない状況なのか?と思うと、どうしてよいのかわかりませんでした。

 

 でも、人の命は、寿命というものがある。寿命は、神様が司るものです。医師としての見立ては、確かにその通りでも、父なら、強い気持ちがある根性の塊、鉄の男の父なら、なんとか、私が、自宅介護ができる次の年の3月まで、持ちこたえてくれるのではないかという願いを、祈りにもにた気持ちで持っていました。

 

 もう時間がない。そう思い、はっきりと辞める覚悟と決心をして、9月に、学校の校長先生に定年退職よりも1年早い退職の思いをお話しました。校長先生からは、介護休暇をとって仕事を続ける方法もあるし、私にとって、とても重大な決定になるので、 1週間更に考えてくるようにというお話を頂きました。

 

 でも、私の決意は変わりませんでした。以前、介護休暇をとって、父母の介護をしましたが、今度は、もう、定年退職まで1年を残すだけなので、父を自宅に戻して、最期は、家で、看取りたいと考えました。再び、校長先生にお話した時には、優しくわかりましたとおっしゃって下さいました。私は、これで、長い教員生活が終わると思うと自然に涙が溢れてきました。

 

 いろいろなことがありました。父は安定した時期を過ごした時もありましたが、やはり、高熱で入退院をくりかえしました。

 

 年が新しくなりました。その時も父は入院していました。いよいよ、命の時間が迫ってきました。ここに書けない程、いろいろなことがありました。

 

 父は、東日本大震災の年から私の家に来て一緒に生活していました。その時まで、車の運転も普通にしていました。とても元気な働き者でした。当時85歳。

 軽い脳梗塞を起こし、一人での生活は難しくなり、私との同居生活を始めました。それと同時に車の運転もやめてもらいました。父は、とてもとても残念がっていました。

でも、事故など起こしたら大変なことになってしまう。私は、困りました・・・・。

そして、父には、我が家に来る前から、かかりつけの父が尊敬しているお医者様がいました。私は、そのお医者様にお願いして、父の運転の件を説得して頂きました。

父は、その先生のお話を聞き、納得して車の運転をやめました。

 

そのくらい、そのお医者様を尊敬していました。

 

 そして、そのお医者様が、訪問医療をなさっておられることがわかりました。父の在宅医療を、そのお医者様にお願いしてみよう。

 願いは叶い、父を自宅介護をする方向で話し合いが進み、準備していました。

 

 2月になりました。父は、かなり予断を許さない状況になりました。いつ、退院させて自宅に戻して、在宅医療にするのか、決めていかなくてはなりません。同時に、私には仕事があります。その仕事のスケジュールがあります。生徒さんに対する責任のある仕事です。

 

 学校では、卒業式が近くなってきました。私は、音楽科の教師です。そして、卒業式の式歌の指導・伴奏という大役を任せて頂いていました。私は、卒業式は、学校行事の中で、一番と言っていいくらい大切な行事なのではないかなぁと考えています。教師側は毎年毎年かかわりますが、生徒さんにとっては、一生に一度の大切な、かけがえのない儀式です。この中で、音楽はとても大切な役割を果たします。式歌は、別れの歌であると同時に、卒業生の旅立ちへのエールだと思います。みんなで、心をひとつにして最高の合唱で送ること、これは、とてもとても大切な事だと思います。

 

 また、この卒業式は、私の教員生活最後の卒業式です。私に、この大役を任せて頂いたことを、今でも、深く深く感謝しています。

 

 父の退院の日を、学校の卒業式の翌日にしました。退院と同時に、自宅介護が始まります。私は、卒業式後には、数週間のお休みを頂くお願いをしました。そして、3月末日に退職になります。周りの先生方や生徒の皆さんには、ご迷惑をおかけして大変申し訳なかったのですが、父の命が、もう本当にいつどうなるかわからないので、そのようにさせていただきました。今日も大丈夫。明日も・・・・・。なんとか、退院して、父が尊敬しているお医者様に診察して頂きたいという思いでいっぱいでした。

 

 私の卒業式の前の、日曜日に、父が尊敬しているお医者様がプライベートで、父の病室に面会に来て下さいました。父は、その病院のご配慮で、一番大きい個室に移っていました。ちょっとした大きなビジネスホテルの一室のような部屋でした。お医者様が、慈愛に満ちた声で父に優しく語りかけて下さいました。父は、はっきりとその先生を見つめていました。そして、しっかりと、うなずき、自分の思いを伝えていました。

 お医者様は、帰りがけに、私に、お父さんの今の様子なら、退院して家に戻れると思いますよ。というお話をして下さいました。

 

 卒業式当日。私は、病院の父の部屋で寝泊まりしていたので、病院から、学校へ向かいました。私が、学校に行っている間は、親戚の方がご夫婦で父の病室に来て下さり、父を見て下さいました。

 

 立派な卒業式でした。式歌の大合唱も皆さん、心をひとつにして一生懸命に歌っていたのが伝わりました。良かった!そして、これが、私の音楽科教師としての最後の仕事!万感の思いで胸が一杯になりました。

 

 式が終わると、大急ぎで病院に向かいました。父は大丈夫でした。

親戚のご夫婦から、父の様子を伺い引き継ぎました。ちょうどお昼頃でした。

これなら、明日の退院もなんとかなりそうだと思っていた矢先、父の容態が急変しました。酸素濃度がどんどん下がっていきました。父なら持ち直すのではないかと思いましたが、叶いませんでした・・・・・。

 

 看護師さんに言われました。覚悟を決めて下さい。お父さんは、静かに、そちらの方向に向かわれています。後は、家族の方が、手を握って見守ってあげて下さいね。

優しい、静かな声でした。

 

私は、父の傍らで、手を握っていました。父と特別な時間を共有しているのだと思いました。

 

とても静かな時間でした。

 

私は、私の ♪ありがとう  を歌いました。

この楽曲は一回歌うと49回ありがとうを言うことができるのです。

何回も歌いました。

私は、この曲を作っていて、本当に良かったと、この時心から思いました。

 

夜中に父は静かに息をひきとりました。

 

父は、誇り高いひとです。なので、人様の世話になりながら生きているのは、魂の奥底ではよしとはしなかったのではないかと思います。でも、そんな父が、母が亡くなった後、1年と数か月の間、生きていてくれたのは、私のためだったのだと思います。そのために、父の頑張りで命をつないでいてくれたのだと思います。

父は、私に、私の音楽科の教師としての最後の仕事をさせたいと考えていた。そして、それが出来た。また、父の尊敬するお医者様にも会えた。

後は、思い残すことはない。また、自宅介護の事も、おまえには十分のことをしてもらったので、もうよい。そう思って、この世を去ったのではないかなぁと思います。

 

私にとっては、父のことも、奇跡のような出来事でした。

奇跡は起きると思っています。

私は、父と母が、天国で私に望んでいること、それは、毎日を、生き生きと明るく希望をもって力強く生きること!

 

 なので、私の音楽教室「にこにこ千穂音楽教室 Sun Sing Smile」

「心に太陽を 唇に歌を、お教室に笑顔を」

 

 ここまで、長いお話を読んで下さりありがとうございました。

 

 

※今日もご覧いただき、ありがとうございました。それでは、また、明日!

私が作詞・作曲した「♪ありがとう」という楽曲をYouTubeに公開しました。もし、よろしければ、お聴きき下さい。こちらをクリックして下さい!

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